浜松音楽療法研究所は、静岡県西部地区を拠点に活躍している、音楽療法専門の研究所です。浜松音楽療法研究所は、音楽の街といわれる「浜松」に、1999年の秋に設立されました。発足の理由は、以前、視察研修において、長い歴史上に築かれた、アメリカの音楽療法の現場を目の当たりにしたことだそうです。研究生達が、音楽療法士を目指す仲間作りも大切であると願っていたところに、アメリカの音楽療法家、クライブ・ロビンズ夫妻による音楽療法セミナー開催の誘いを受け、特別講演会を準備しながらの発足となったそうです。
浜松音楽療法研究会は、お互い実践の報告を交換し合い、着々と成果を上げています。その取り組みは、浜松に音楽療法の波を広めていると言っても、過言ではないほどです。
10年程前に、中米ホンジュラスで、国際協力事業団青年海外協力隊の音楽隊員として、2年間活動をしていた頃、当初は、現地の音楽家を育成するための学校で、音楽指導にあたる予定でした。しかし、街で物乞いをするストリートチルドレンに出会い、そのたびに、その子共たちこそ音楽が必要なのではないかと考えるようになられたそうです。
その初等科の低学年の子供たちに、ホンジュラス独自の音楽取り込んだ教育に力を入れるべきだと、文部省初等科の役人に働きかけ、活動を方向転換しました。インストラクターに仲間のドイツ人音楽教師をはじめ、優れた現地の音楽教育者たちを集めました。そして、音楽活動を展開していきました。
音楽を通しての、人々との心の交流は、予想以上の効果があったそうです。しかし、2年間の任期ではあまりにも短すぎました。もっと時間があれば、見届けることができただろうと、思い半ばで帰国したそうです。そして、帰国後は、中米ボンジュラスの経験などから、音楽の持つ偉大な力に惹かれ、音楽療法の道を歩み始めることになりました。
ある大晦日の夜、除夜釜の茶席に招かれれ、満点の星空の下、藁草履をしゅっしゅっと鳴らして茶室へ向かいました。その、ろうそくの灯りだけがともる茶室は、静寂に鎮まりかえり、遠くから聞こえる除夜の鐘が心に染み渡っていました。
鐘の音は日本的な音の極み、つまり日本人の音の世界、音楽療法の原点を感覚的に体験したような気がすると感じました。音のないような空間に、実は様々な音が存在しており、静けさの中に凛としたサウンドスケープが存在しているのです。音楽療法の仕事は、音と人をつなげることです。楽器を響かせながら、嬉しそうに笑いながら、さまざまな人々との関わりの中で、音楽療法士も、生きる喜びが湧いてくるのかもしれません。
好きな音楽を聴いていると、楽しい気持ちになったり、スッキリした気持ちになったというような経験は誰にでもあると思います。音楽には、不思議な力が秘められています。この力を最大限に利用し心身共に健康に導いていく治療法のことを、音楽療法とよんでいます。また、音楽を聴くだけでなくて楽器を弾いてみたり、歌を歌ってみたりすることなども音楽療法に含まれます。
音楽療法は、最近では、いろいろな医療現場において、取り入られています。そして大変注目されている治療法の1つです。音楽が癒しに使われた歴史は、かなり古くさかのぼります。3000年前のユダヤ王サウルのうつ病を、ダビデという羊飼いの若者が、ハーブの調べで治したことは、現代でも語り継がれているお話なのです。古代ギリシャのアリストテレスは、音楽には身体に溜まった悩みやもやもやを吐き出してスッキリさせる効果があることを発見し、カタルシス効果と名付けていました。
また、中世時代においてはいろいろな面で、キリスト教に強く支配されていた時代です。病気に対する考え方も同様でした。それがルネッサンス期に移行してから画家達による解剖図といった美術と医療、そして坐骨神経痛の患者の患部の上で、フルートを演奏して治癒したというように音楽の総合的な活動が注目され始めます。近代では、音楽療法の主役は、アメリカへと移りました。その当時の大統領のジョージワシントンも音楽療法に興味を示しており軍隊などにも使われ始めました。現代では、医療において、軍隊だけでなくて精神疾患をもつ患者のレクリエーションとして利用されています。