音楽療法の活動

兵庫県では、十数年前の阪神・淡路大震災、そして、最近頻発するようになった、青少年の命に関わる事件といった、経験と教訓によって、人間一人一人が、人間らしく生き、いのちの尊厳と生きる喜びを実感し、また、同時に、心身を癒すことができるよう、保健・医療・福祉分野だけでなく、宗教、哲学、文化等、様々な分野を統合し、融合したアプローチで、「ヒューマンケア」の理念に基づく施策を展開しているそうです。

 

兵庫県音楽療法士の養成、及び認定は、音楽療法の実践に係る専門的知識・技能と適性を有する者に与えれるもので、対象者へのアプローチを通じ、ヒューマンケアの実践を目的として、平成11年度から開始しています。

 

また、平成9年には、音楽療法士の養成・認定に関した検討を開始し、平成11年の8月に音楽療法講座の20時間の「基礎講座」を、12年の7月には、200時間の「専門講座」を開設し、専門講座を修了して、所定の実践経験を積んだ人を対象に審査を実施しました。そして平成14年2月に、27名が「兵庫県音楽療法士」として、初めて認定されるに至りました。

 

講座は、その後も引き続き実施され、平成15年3月には、新たに45名が、「兵庫県音楽療法士」として認定を受けました。その後、平成14年2月に、兵庫県音楽療法士に認定された27名に対して、2ヶ月後の14年4月に実施した調査結果では、1人当たり、約4施設において活動を実施しており、兵庫県音楽療法士が音楽療法を実施している施設数は、104施設にものぼるとのことでした。

 

施設の種別としては、高齢者施設63施設、障害児施設32施設、また病院(一般、精神、ホスピス)の9施設です。一人あたりの平均実施回数は、月16回で、雇用状況については、27名中、常勤4名、非常勤19名、ボランティア3名、自営1名だそうです。これまでに認定された、兵庫県音楽療法士により構成された「兵庫県音楽療法士会」は、講演会、事例研究発表、勉強会などを通じて、音楽療法の普及や向上を目的とした活動を実施しています。

最近、音楽療法は、代替・補完療法の1つとして注目を浴びるようになってきました。日本音楽療法学会による認定制度も、今年で、11年目を迎えます。しかし、実は、実際には、音楽療法について、どのような形で、医療現場に音楽が導入されているのかについては、あまり詳細には知られていません。

 

さまざまなミュージシャンを招いて、毎週土曜日に、30分ほどのステージを2回、「土曜コンサート」を行っているというところがあります。1回は、ホスピスの患者とその家族に向けて、もう1回は、病院のロビーにおいて、入院患者と地域住民に向けて行われており、すべて無料で鑑賞することができるそうです。

 

その日、コンサートで演奏をしていたのは、ピアニストの重松壮一郎氏でした。彼は、即興演奏家で、コンセプトは、「生きとし生けるものすべてとの共鳴から音を紡ぐ」だそうで、1年の半分を、日本全国ツアーで過ごしているという、素晴らしい音楽家です。

 

ホスピス患者を対象としたコンサートは、ホスピス病棟内のラウンジに、比較的、体調のよい入院患者と家族が集まり、行われました。他にも、患者様の中には、車椅子、さらには可動式ベッドで演奏に耳を傾ける人もいたそうです。

 

演奏を終えた後、重松氏は、「人生の最期に聴く音楽が僕の演奏になるかもしれないと考え、精一杯弾きました。僕と患者さんでは、時間の重みがまったく違うし、演奏家として、死にものぐるいで精進しなければいけないということを再確認した30分間でした」と語ったそうです。

 

そして、その後、行われた二回目の病院ロビーでのコンサートには、入院患者を始め、地域住民ら50名近くが集い、重松氏の奏でる即興演奏に聞き入っていたそうです。

フリースクールを開講した当初から、「音楽」を、活動の1つに組み込むことに決めていました。高校時代からロックバンドを組んでいた僕は、音楽の与える歓びや、生きる力、音楽療法的な効果も、自ら強く実感していました。スクールで最初の「音楽」の時間は、友達のドラマーが講師の担当でした。自由参加ではありましたが、ドラムをやりたいと参加した子供たち全員の顔が、緊張でこわばっていました。

 

皆さんは、自分が学生時代に受けてきた音楽の授業での緊張感を、憶えていらっしゃるでしょうか。緊張してしまうと、先生が何度も「音楽は音を楽しむこと」なんて言っても、何ひとつ楽しくなかったのではないかと思います。

 

そこで、パーカッションの講師と相談し、翌週からは、ドラムの個人レッスン希望者だけの参加としました。参加者はさらに減りましたが、時が経つにつれて、変化が起こってきました。ドラムを習いたい子だけではなく、スクール主催のイベントで演奏に参加したいと希望する子も増えてきたのです。

 

もともとスクールのスタッフや講師だけがバンド演奏をしていましたが、一人が参加すると、その楽しそうな様子を見たせいか、一人また一人と、参加者が増え、ドラム以外にも、様々なパートが増えていきました。現在では、約20人ものスクール生が、バンド活動をしているそうです。

 

不登校生、精神疾患患者、障害者など、それぞれに傷を抱えた子達が、伸び伸びと音楽を楽しみ、百人以上の人たちの前で、堂々と演奏するようにまでなりました。音楽の力は、やっぱり凄いと改めて感じました。音楽は、演奏する人の性格やあらゆる特質を反映しますが、そういう意味でも音楽は面白いものです。最近では、音楽療法が学問的に研究されたりもしているそうです。

 

そういう時に、忘れてはならないことは、音楽は、治療の手段である前に、楽しむためのものであるということです。これは、教育現場における音楽のあり方についても言えることです。音を楽しむという大切なことを忘れずにいれば、音楽療法も、今後ますます発展することでしょう。

音楽療法とは、音楽の持つ、生理的、心理的、社会的効果を利用して、心身の障害の回復や、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などを目指して、音楽を意図的、計画的に使用する心理療法です。日本音楽療法学会は、2001年度に発足され、現在、数多くの音楽療法の学会などを開催しており、多くの人たちに支持されている団体です。

 

学会で取り上げられている主な内容は、医学の分野における論点や、高齢者施設における音楽と高齢者の関わりなどについてです。医学の世界や、高齢者施設などにおいて、音楽療法は、今、大きな注目を集めているテーマです。

 

また、学会においても、音楽療法士の国家資格化についての協議が進められています。音楽療法の関係者が、大会で学んだ音楽の技術的側面や、医学の精心理的側面、そして、真善美を追求する芸術的側面が、今後の音楽療法の展開に、大きく寄与するものと考えられます。そのようなテーマを追求していくという目的を持つ学会は、非常に重要な存在であると言えます。

 

高齢者の音楽療法については、セラピー、レクリエーション、アクティビィを、明確に定めていくことが必要と考えられています。脳血管障害に伴った治療においては、失語症と室音楽症など、聴く、話す、読む、書くなどの障害の詳細や、メロディが判別できないなどの受容的障害、言語などのリハビリテーションに対する音楽の補助的の使用について、運動や表現能力の障害などについてなどのテーマが、公演で話されたそうです。

 

このように、日本音楽療法の学会は、様々な分野の方々が集まり、音楽療法についての、研究成果の共有、意見交換話が実現されています。日本国内の、日本音楽療法学会の、重要な公演とされています。また、全国各地の音楽療法の様子もよくわかり、多くの人から情報を得ることができる、貴重な場であると言えます。

浜松音楽療法研究所は、静岡県西部地区を拠点に活躍している、音楽療法専門の研究所です。浜松音楽療法研究所は、音楽の街といわれる「浜松」に、1999年の秋に設立されました。発足の理由は、以前、視察研修において、長い歴史上に築かれた、アメリカの音楽療法の現場を目の当たりにしたことだそうです。研究生達が、音楽療法士を目指す仲間作りも大切であると願っていたところに、アメリカの音楽療法家、クライブ・ロビンズ夫妻による音楽療法セミナー開催の誘いを受け、特別講演会を準備しながらの発足となったそうです。

 

浜松音楽療法研究会は、お互い実践の報告を交換し合い、着々と成果を上げています。その取り組みは、浜松に音楽療法の波を広めていると言っても、過言ではないほどです。

 

10年程前に、中米ホンジュラスで、国際協力事業団青年海外協力隊の音楽隊員として、2年間活動をしていた頃、当初は、現地の音楽家を育成するための学校で、音楽指導にあたる予定でした。しかし、街で物乞いをするストリートチルドレンに出会い、そのたびに、その子共たちこそ音楽が必要なのではないかと考えるようになられたそうです。

 

その初等科の低学年の子供たちに、ホンジュラス独自の音楽取り込んだ教育に力を入れるべきだと、文部省初等科の役人に働きかけ、活動を方向転換しました。インストラクターに仲間のドイツ人音楽教師をはじめ、優れた現地の音楽教育者たちを集めました。そして、音楽活動を展開していきました。

 

音楽を通しての、人々との心の交流は、予想以上の効果があったそうです。しかし、2年間の任期ではあまりにも短すぎました。もっと時間があれば、見届けることができただろうと、思い半ばで帰国したそうです。そして、帰国後は、中米ボンジュラスの経験などから、音楽の持つ偉大な力に惹かれ、音楽療法の道を歩み始めることになりました。

 

ある大晦日の夜、除夜釜の茶席に招かれれ、満点の星空の下、藁草履をしゅっしゅっと鳴らして茶室へ向かいました。その、ろうそくの灯りだけがともる茶室は、静寂に鎮まりかえり、遠くから聞こえる除夜の鐘が心に染み渡っていました。

 

鐘の音は日本的な音の極み、つまり日本人の音の世界、音楽療法の原点を感覚的に体験したような気がすると感じました。音のないような空間に、実は様々な音が存在しており、静けさの中に凛としたサウンドスケープが存在しているのです。音楽療法の仕事は、音と人をつなげることです。楽器を響かせながら、嬉しそうに笑いながら、さまざまな人々との関わりの中で、音楽療法士も、生きる喜びが湧いてくるのかもしれません。

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